助産師について

きつき助産院

「医療従事者」と聞いて、みなさんが直ぐに思い浮かべるのは、医師・看護師ではないかと思います。

助産師って何をする人?どうしたらなれるの?看護師とどう違うの?と、疑問に思われている方も多いのではないでしょうか。


私自身、はじめて『助産師』という言葉を聞いたのは高校生の時。たまたま観たTVドラマで、助産師という職業があることを知りました。
それまでは、看護師になるという夢を必死に追いかけていましたから、視野が狭くなっていたのかもしれません。

そんな『助産師』の歴史についてにお話します。


目次

助産師の歴史

人と人が出会い、家族となってその家族が繁栄していく過程に、妊娠・出産・育児があります。
その直接的な体験は、女性にとって大きな人生の出来事です。

「産婆」という言葉を聞いたことはありますか?

出産を助け、生まれた子どもの世話を仕事とする婦人のことをいいます。

かつて出産は、家族や出産を経験した近隣者が立ち合う中、自宅で行われるのが主流でした。
独りで産むのはとても不安で大変なので、大抵は出産を手伝う介助者が必要です。その介助者が、昔は祖父母だったり父親だったりもしましたが、出産介助に長けた女性がいました。

昔は、出産の介助に対する行為は資格化されていなかったため、介助の経験をもとに開業し、開業した母から娘へとその行為が職として代々受け継がれていたのです。

きつき助産院

「産婆」と呼ばれるようになったのは、江戸時代からのようです。仕事としては、妊婦さんのお世話・出産の介助・産後のお母さんのお世話や育児指導・及び赤ちゃんのお世話を専門としていました。

明治時代、1899年には
・産婆規則
・産婆試験規則
・産婆名簿登録規則
が公布され、これまでの職業としての産婆の行為が資格化されました。
そして、ドイツ医学を基にした産婆教育も始まりました。


昭和23年(1948年)には保健婦助産婦看護婦法が制定され、「産婆」から「助産婦」へ名称変更となります。
戦後、GHQにより看護全般が見直され、その中で助産行為は看護職の一つとして扱われるようになりました。
助産婦は、看護師資格を持っていることが必須となり、看護教育を基盤とした助産婦教育制度が始まります。

平成14年(2002年)には「師」へ改められ、「助産婦」から「助産師」へと名称が改められました

戦後の経済状況は大変悪く、国民の生活も貧しかったため、その中で性に関する問題も深刻でした。妊娠しても育てられない生活困窮者の中で、闇の堕胎が増加していったのです。

堕胎する行為は、授かった命を捨てることになります。また、適切な処置を受けなければ母体の命に関わりますし、次の妊娠に影響が出る可能性もあります。
女性が受胎調節を行い、自身の体を健康に保ち、命を粗末にすることがないよう助産婦によって、女性への指導が強化され避妊の指導や家族計画指導が行われるようになりました。

現在、助産師は多くの場で活躍しています。

外国では、男性の助産師もいますが、日本では女性限定の資格(業務独占資格)であり、唯一開業することができ正常な妊娠・分娩を取り扱うことができます。
また、当院のように出産を取り扱わわず、授乳・育児の保健指導を行う助産院もあります。

『きつき助産院』の役割

妊娠・出産・育児で困った時は、開業助産師に頼ってみてはいかがでしょうか?

開業だからこそ、一人ひとりに丁寧に向き合い、一貫した個別性のあるケアとサポートが受けることができます。

妊娠・出産・育児は喜びも多い分、大変で不安なことも多々あります。そんな時、誰にどのような支援を受けたかでも大変さの度合いは変わってきます。
「時間」は巻き戻せません。親となるご自身や子の成長する「時間」を大切にして欲しいと思います。

きつき助産院

出産は終わりではなく、ゴールはまだまだずっと先にあります。
育児は、直ぐには結果は出ませんが、徐々に親・兄弟間・それ以外の人間関係の取り方に特徴が出てきます。

また、子どもを取り巻く生育環境が、その子の人生そのものに直結してきます。育児は、命を育む重大な責任があるのです。

『きつき助産院』では、地域に子どもに責任を持てる家族・温かい家族が増えていくことを心から願い、授乳・育児に関する保健指導・思春期の性教育を行っています。

産前産後や育児のことで悩んだり、困った時は、気軽に助産院へ相談ください。

きつき助産院

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次